「襲撃」

 ニュースで物騒な事件を報道していた。隣県のY県で一般女性が銃殺されたという事件だ。殺害されたのは、Kさん二十二歳。報道で知るかぎりはごく普通の女子大生だ。周囲も彼女が亡くなったことを悲しみ、ボランティア活動に勤しむ人格者であった彼女が「何故犠牲に?」と口にする者ばかりだった。

 彼女が殺害されたのは山の登山を終えた下山中のことだと言う。障害者児童を援助しながら下山をしており、その休憩中に発砲があったと言う。障害者児童に怪我はなく、それは他同行していたスタッフも同じだった。

 彼女の命を狙った犯行。そこに違いはない。しかし動機はなんだというのだ。彼女の周囲は悲しみと同時に怒りをマスコミに訴えていた。テレビでみる視聴者達からも、遺族の悲しみの声に同情する声が多く寄せられている。

 俺も可哀想だとは感じだ。テレビ番組に寄せられている声と概ね同じ思いだ。ただ、それがどこか遠くの出来事だと思ってしまうと言うか、申し訳ながら興味津々で事件の詳細をネット検索している自分がいるのも事実だった。

 テレビで報道されていることは身近に感じてしまえばそれほど怖いことない。でも、俺もそこのアンタも客観的にそれがどこか遠い場所の話だと感じてみれば、それ以上の感情は湧かない。「ああ~何だか怖いな」というアッサリとした言葉で片付けられると思う。そういうものじゃないか?

 ポテトチップスを頬張りながらも、呑気なスタイルで深夜のニュースを眺める俺は現在無職のただの男だ。進学校から進学した有名大学を卒業して、それなり有名な大企業に勤めた。しかし1年も経たないうちに、辞職して地元にもどった。

 こんな俺の物語はテレビでは報道されない。当たり前だけど、こんな俺の事をテレビで観て興味を持つ人間なんている筈もないだろう。俺みたいな人間なんて、それこそごまんと日本中にいるのだろうし。

 俺はテレビを消して寝床に就く準備を始めた。

 そろそろ再就職にむけて動かなきゃいけない。母の手一つで一軒家にて育った俺達兄弟は母に甘えるばかりではいけないのだから。東京で大稼ぎしている弟にも負けられない。東京で夢破れた俺はなんとかここから這い上がろうとしていた――

 翌朝、目が覚めたのは朝7時のことだ。

 俺を起こしたのはおふくろだった。

「どうした?」

「ちょっとね、朝からお家のまえに怪しい男が立っているのよ」

「は?」

「アンタの知り合い? 明らかに柄悪そうよ?」

「知らないな。ヤンキーな友達なんて俺にはいないと思うけど」

 そう言いつつも、俺は2階自室の窓から家のまえを覗いた。

 そこにいたのは丸坊主の厳つい男だった。煙草をふかして俺の家を見わたしているようだった。

「何だ? アイツ?」

 そう呟いた時に俺は男と目が合った。

 男は俺と目を合わせるなり、口元を歪めて目を吊り上げた。

 男はそのままジーンズのポケットに手をつっこみだした。

 気持ち悪いな。そう思った時だった。

 男のポケットからでてきたのは一丁の拳銃だった。

 男は躊躇することなく、俺を目がけて発砲してきた。

 俺は男が拳銃をとりだしたその瞬間に驚いて、しりもちをついた。

放たれた弾丸は窓を貫通して天井まで突き抜けた。

 一事が万事か。しりもちをついた俺は弾丸を直撃せずに済んだ。

 しかし、これはただごとじゃない!

 おふくろは悲鳴をあげた。

 まずい。奴が俺たち家族を狙っているのなら、おふくろの悲鳴でより俺たちを標的にしてしまうだろう。

 俺は大声でおふくろにどこかへ隠れるよう指示をだした。おふくろは既に混乱が激しい状態だった。

「隠れるってどこに!? それより警察でしょ!? 今すぐ!?」

「鍵かけているのか!? かけてなければアイツ入ってくるぞ!」

「か、かけているわよ! 朝の5時ぐらいからずっといるのよ!」

「とにかく隠れてくれ! 箪笥でも! 机の下でも! お風呂の浴槽でも!」

「それより警察に電話でしょ! 早くしなさい!」

 もう収集がつかない。俺の気もどこかへ飛びそうになっていた。

「わかった! 今すぐ電話するから! おふくろはそこに隠れろ!」

 俺はそう言うと、俺の部屋の押し入れを指さした。

 おふくろはバタバタと押し入れのなかに隠れた。

 俺は震える手で110番にかけた。

 電話はなかなか繋がらなかった。5分ほどして繋がった。

 電話を受信したのは確かだ。しかし相手は何も話してはこなかった。

 あれ? おかしい? そう思いながらも、俺は矢継ぎ早に自宅の住所、いま俺たちが置かれている状況を話した。

 まったく返答がない。

「あの、警察ですよね! お願いします! 応答して下さい!!」

『あ? 何を言っている? お前?』

「え?」

『お前が動いたから、仕留められなかったじゃねぇか!!』

「警察じゃないのか!?」

『いいから、早く家から出て来い! すぐに楽にしてやるから!』

 それから電話の向こう側で狂ったような笑い声があがった。

 俺はすぐに電話を切って、改めて110番をコールした。すると今度はバグが起きたような音がして、携帯の待ち受け画面もぐちゃぐちゃな模様を発生させた。

「何だよ、これ!? 何だよ、これは!!」

 俺は携帯電話を床にぶん投げた。

 床に携帯が当った衝撃とともに、今度は玄関ドアがドンドン叩かれる音が耳にこだました。そしてきつくて大きな罵声が響きわたった。

 誰か、近所の誰か、気づいて通報してくれ!

 俺は自然と涙を流していた。涙が止まらなくなっていた。

 しかし状況は悪化の一途をたどるばかりだった。

 バリーン!! と窓をぶち壊す音が響いたのだ。

「おいおい、マジかよぉ!?」

 もう俺は何が何だかわからなくなった。だけど自分とおふくろの命を護らなくてはいけない。その意志だけはハッキリと持てた。

 俺は恐る恐る2階階段上から1階の様子を覗いた。

 いた。

 男は右手に拳銃を持って1階を物色してまわっていた。

 俺はその場で物音をたててしまった。

 男は「お?」と俺のほうを向いた。そして銃口をゆっくりと俺の方へと向けた。

 2発目の発砲が鳴り響いた時、俺は2階の窓から屋根へ。屋根から玄関まえにある車のうえへと飛び移った。

 必死だった。逃げるしかない。その気持ちで俺は走った。

「待て! 待ちやがれ!!」

 男の野太く大きな罵声がすぐ背後に聴こえた。

 あれ? 何だよ? これ?

 俺は必死で走りながらも、奇妙な疑問を抱いた。男はただ"俺を狙っている"のだ。家の押し入れに隠れた母を襲うことなく、ただ俺を狙っているのだ。

 俺が何をしたって言うのだ? 会社を辞職した時だって周囲のほとんどが同情してくる人たちばかりだった。それで迷惑を被る人間なんていない筈だ。余計な金に手をだした覚えもない。なのに、何であんな柄の悪い男に俺は狙われているのだ!?

 俺は走りながらも、ふと後ろを振り返った。

 いた。男は大声で吠えながら、走って俺を追いかけていた。

 俺はもう無我夢中で逃げるしかなくなった。気がつけば俺の下半身は俺の汚い体液で滲んでしまっていた。恥ずかしい話、逃げるなかで失禁してしまっていた。

 俺は宛てもなく無意識で逃げているようで、目的の場所にむかって逃げていた。

 俺は駆け足で近所の交番に駆けこんだ。その時だった。

 大きな衝撃音とともに右肩に激痛が走った。

 その時、何があったのかハッキリと思いだせない。ただ俺は出血が止まらない右肩を押さえながらも、これだけはハッキリと見えた。

 男は2人の警察官に押さえつけられていた。その顔は不気味にも笑っていた。

 それから俺は病院に搬送された。明朝に起きた衝撃的な事件は俺とおふくろのトラウマにその後もなっていった。

 男のことは後々警察から聴いた。テレビのワイドショーで話題にもあがった。俺とは全く縁も所縁もない暴力団関係の男であった。何でも組織から見放されたらしく、自暴自棄になっていたと自供しているらしい。それでなんの関係もない一般人を巻き込むなんて、甚だ迷惑も過ぎる話だった。

 何よりも胸グソ悪いのはこの男、先日女子大生のKさんを殺害した容疑者に他ならないと言う。

 それから俺は聞きたくもない話を耳にしてしまった。

 男は取り調べで、何故Kさんや俺を襲撃したのか尋ねられた時にこう答えたと言う。

「ああ、空から始末するようにお告げを受けたのよ」

「どういうことだ?」

「だからそのまんまだって。お告げを受けたって事」

「誰かが指示をだしていたのか?」

「違う、違う。姿もみえないから多分人間じゃないだろうなぁ」

「ハッキリ言いなさい。私達は貴方に事実を聞いているのです」

「そっか、ふふっ、じゃあ神様だ。神様が俺に彼女と彼の名前、それから居場所を教えてくれたのさ。そして始末するように命じられた」

 それから男はKさんと俺の名前をだして、それぞれの人となりを話したらしい。どこで生まれ、どこで育ち、どこで"俺達が巡り会うか"までを。

「神様が言ったのさ。あのコとあのコが結ばれて、産まれたコが大量殺人を犯す大人になるって。信じてくれるか? ふふふ、信じてくれないだろうなぁ」

 男は長い年月を経て死刑判決を受け、死刑執行された。

 俺はいまも職につかずトラウマを抱えたまま家に引き籠っている。

 俺みたいな人間の話、誰も信じちゃくれないのだろう。

 真実は闇に葬られるものだけど、なぁ、アンタは俺の話を信じてくれるか?

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